歴史と自然のまち「亀岡」

亀岡市に住みたい!

出雲大神宮

出雲大神宮は亀岡市内の観光スポットの中でも人気を誇る神社です。旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁に属さない単立神社となっています。旧称は出雲神社。「元出雲」「千年宮」と呼ばれることもあり、古くは「大八洲国国祖神社」と称されていたそうです。亀岡盆地東部に立つ御蔭山の山麓に鎮座し、御蔭山を神体山として祀る神社です。「元出雲」という別称は、出雲大社が当社からの分霊とする社伝に由来しています。いわゆる出雲大社は明治時代に至るまで「杵築大社」を称していたため、江戸時代末までは「出雲神社」と言えば当社を指していました。重要文化財に指定されている本殿や、木造の男神像が伝えられています。

祭神

大国主命(おおくにぬしのみこと)

出雲大神宮の主祭神で、当社では別名を美穂津彦大神・御蔭大神としています。「古事記」「日本書記」に登場する神様です。国造りの神、農業の神、商売の神、医療の神などとして信仰されています。また縁結びの神としても知られていますが、なぜ縁結びの神とされるのかについては諸説あり、大国主命が須勢理毘売命をはじめとする多数の女神と結ばれたことによるとの見方が一般的です。一方で「祭神が幽世の神事の主催神となられ、人間関係の縁のみならず、この世の一切の縁を統率なさっているためである」として、男女の縁のみならず、広く人と人との根本的な縁を結ぶ神であるとの見方もあるようです。また。「大国」はダイコクとも読めることから、同じ音である大黒天と習合して民間信仰に浸透しています。子のコトシロヌシがえびすに習合していることから、大黒様とえびすは親子といわれるようになりました。「日本書記」によると、大国主命はスサノオの息子であるとされていますが、「古事記」や「新撰姓氏録」によるとスサノオの六世の孫とされ、また「日本書記」の一書には七世の孫とされています。

自然と住まう町

美穂津姫命(みほつひめのみこと)

大国主命とともに、出雲大神宮の主祭神です。高皇産霊尊の娘で、大神主命の后です。「日本書記」の葦原中国平定の場面の第二の一書にのみ登場します。大国主が国譲りを決め、幽界に隠れたあと、高皇産霊尊が大物主神(大国主の奇魂・和魂)に対し「もしお前が国津神を妻とするなら、まだお前は心を許していないのだろう。私の娘の美穂津姫を妻とし、八十万神を率いて永遠に皇孫のためにお護りせよ」と詔しました。ミホツヒメの「ツ」は「の」の意味で、ミホの女神という意味になります。出雲大神宮のほかに、出雲の美保神社で大国主神の子の事代主神とともに祀られているほか、奈良県にある村屋坐弥冨都比売神社では大物主神と共に主祭神となっています。

天津彦根命(あまつひこね)

天津彦根は「古事記」「日本書記」などに登場する神で、出雲大神宮の配祀神です。アマテラスとスサノオの誓約の際に、天照大神の八尺勾玉の五百箇の御統の珠から生まれた五柱の男神のうちの一柱で、『古事記』や『日本書紀』本文ほかでは3番目に生まれ、天照大神の物種より生まれたので天照大神の子であるとされています。日の神、海の神、風の神などとして信仰されており、出雲大神宮のほかには、三重県にある多度大社などで祀られています。

天夷鳥命(あめのひなどりのみこと)

天夷鳥命は「古事記」「日本書記」などに登場する神で、出雲大神宮の配祀神です。「建比良鳥命(たけひらとりのみこと)」「武日照命(たけひなてるのみこと)」「武夷鳥命 ・天夷鳥命(あめのひなどりのみこと)」「天日照命(あめのひなでりのみこと)」など別名を多くもつ神です。神名の「ヒラトリ」「ヒナドリ」「ヒナテル」は「鄙照(ひなてる)」の意味で天降って辺鄙な地を平定した神という意味だという説があります。埼玉県の鷺宮神社などでも祀られています。

歴史

奈良時代以前から御蔭山を神体として祭祀が行われていたと推測されていますが、詳しい創建の年代はわかっていません。社伝では、和銅2年(709年)10月21日に社殿が建てられたとしています。「古事記」「日本書記」には国譲りの神事が記載されていますが、丹波国は出雲・大和の両勢力の接点にあり、国譲りの所由によって祀られたとされています。国史の所見は「日本紀略」の弘仁8年(818年)12月16日条「丹波国桑田郡出雲社、名神に預る」という記述で、この時代にはすでに有力な神社になっていた事がわかります。平安時代中期の「延喜式神名帳」では、「丹波国桑田郡 出雲神社」と記載され、名神大社の一つに列しています。正応5年(1292年)には、雨乞いの功を示したことから、神階が最高位の正一位に昇りました。貞和元年(1345年)には足利尊氏によって現在の社殿が造営されました。明治4年(1871年)5月14日に近代社格制度において国幣中社に列し、神宮寺を現在の極楽寺に借地移転しました。極楽寺所蔵で重要文化財に指定されている十一面観世音菩薩像は、神宮寺時代に安置していたものとされています。戦後、現在の「出雲大神宮」に改称し現在に至ります。

出雲大社との関係

出雲大神宮は「出雲」を社名としていますが、島根県の出雲大社や亀岡市内にあるその京都分院とは別法人の神社です。祭神の大国主命については一般には出雲国の出雲大社(杵築大社)から勧請したとされています。ただし、社伝では逆に、出雲大社の方が当社から勧請を受けたとしていて、それに由来した「元出雲」という通称もあります。社伝では。「丹波国風土記」の逸文として「元明天皇和銅年中、大国主命御一柱のみを島根の杵築の地に遷す」との記述があるとされていますが、社伝で主張するのみで、その逸文も不詳となっています。しかし出雲大社とまったく関係ないかといえばそうではなく、境内に立つ「国幣中社 出雲神社」の社名標は出雲大社の元宮司・千家尊福の筆によるものとなっており、多少の関係はあるようです。

徒然草

出雲大神宮は徒然草の第236段「丹波に出雲と云ふ処あり」に登場します。聖海上人が参拝した際、獅子・狛犬が後ろ向きに立っていて、これは他に例を見ないことで、きっと由緒あることに違いないと思っていると、実は子供のいたずらだった、というお話。教科書で教えられる事も多い文章です。なお、現在の獅子・狛犬は当時のものとは異なっています。

鎮花祭

4月18日に出雲大神宮で行われる大祭で、花笠と煌びやかな衣装を纏った踊り手たちが踊る出雲風流花踊が奉納されます。本来は雨乞いの踊りだったとされているこの踊りは、京都府登録無形民俗文化財に指定されています。一時断絶していましたが、大正13年(1924年)に再開され、長く亀岡の人々に親しまれています。

文化財

国指定重要文化財

  • 本殿…明治39年(1906年)指定。
  • 木造男神坐像2躯(附 木造男神坐像1躯)…本殿内陣の三間に神体として祀られている3像。平成8年(1996年)指定。

京都府登録無形民族文化財

  • 出雲風流花踊

亀岡市指定文化財

  • 出雲神社傍示図並関係者文書

その他

  • 京都の自然200選「出雲大神宮」
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